「働き方」と自分の「在り方」の繋がり

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今の自分の仕事や働き方について悩んでいる人はまず、自分の「在り方」を見つめること。

私は経験から強くそれを感じてます。

「在り方」と大切にしたいことでも、「在りたい姿」でもいい。

一番大事なのはその在り方をちゃんと自分の中から探すこと。でも気づいているのかいないのか、それを出来ていない人が過去の自分を含めて今の社会には多いのではないかと思います。

なにを基準に決める?

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今の教育課程だと、長い学生生活を終えて社会人として世の中に出るときなにを基準に仕事を決めているでしょう?

社会人としての経験のない学生だと、そこはやはりこれから生活していくために大事な「給与面」「福利厚生」「会社の安定性・イメージ」などではないでしょうか?

そこに多少の自分の適性も考慮して就職活動をする人が大半だと思います。しかし実際のところ自分のやりたいことも決まっていて、条件もピッタリの会社を見つけ、その会社に入れたという人の方が少数派ではないでしょうか

大半の人は、やりたい事も曖昧なまま、限られた時間の中で早く決めたいと焦りながらとにかく少しでも条件やイメージの良いところへ入る。

私はここにもうひと呼吸おく期間が必要だと思っています。

なんのための仕事?

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私自身、20代前半の仕事で大分苦しんでいました。

接客業だったのですが、とにかくマナーに厳しい会社でした。従業員同士の挨拶の仕方から休憩をとるときの声掛けの仕方まで、なにからすべてマニュアル化していました。

アルバイトを多く採用していたので社員は店舗に一人か二人。アルバイトが休めば出勤しないとお店が回りません。

拘束時間も長く、悩みがあっても仕事場に上司はいないし、弱音を言える環境でもありませでした。

研修合宿で3時間も寝れず遅刻する社員に店長合宿ではみんな30分だった!みんな頑張っているのに甘えている!と叱咤する上司。

 

「要領よくできない自分が悪いんだ」

「自分の考え方が良くないからこんなに苦しいんだ」

「みんな頑張ってるのに投げ出すことはできない」

 

働いてる仲間はみんな本当に人の良い人達で助け合っていて、上司も成果や頑張る姿はちゃんと認めてくれます。

だからこそ疲れ切っていても辞めたくても、逃げ出すことは周囲に迷惑をかけること、裏切る行為のように感じて苦しかった記憶があります。

そのときの私にとっての仕事は一番に、ただ苦しくて、でもやるべきこと、やらなくてはいけないことでした。

働き方を見つめるきっかけ

そんな私に働き方を見つめる機会を与えてくれたのはそれをまったく意図しない場所からでした。

休みの日はただ休んで毎日ほぼ家と仕事場の往復のみの毎日をしていた私はなにか仕事とは違う関係や、新しいことがしたいと思っていました。

そんなときに街で見つけたのが東京都美術館のボランティアの募集のチラシ。

月に一日程度からで大丈夫で、曜日も選べる。

趣味だった絵からも遠ざかっていた私はすぐこれだ!と思い応募していました。

面接当日。

接客業と人前で立つことは全く別物で私は心臓をすでにバクバクさせながら面接会場へ向かってました。

美術館につき乗ったエレベーターが閉まる直前に乗り込んできた背の高い男性。

「すみませんね、いや~ギリギリ、よかった。」

声音とその雰囲気。温かみがある印象だったその人がボランティアの面接官であり、私に働き方を見つめなおすきっかけを与えてくれた西村佳哲さんという方でした。

西村佳哲さんという人

さすがは東京都美術館とあって採用40人ほどに対し、応募者は300人を超えていると聞きました。一階の面接で応募者6人ほど、面接官も同じ人数くらいいました。

すでにバクバクだった心臓はその面接がはじまりピークをむかえ、自分でなにを言っているかわからない状況。

応募用紙に書いてある文について聞かれているのにその応募用紙の文をまるごと暗唱するという失態を侵しているとき、すでに私の内心は「くるんじゃなかった」状態でしたが、どこに合わせていいかわからなくてさまよう視界の隅に私の言葉ひとつひとつに反応して頷く人をみました。

声も震えだして今にも泣きだしそうなほどに緊張していましたが、その男性のうん、うん、と私の話を理解しよう、受け止めようとしてくれる頷きに私はいつの間にか、ただただ、その人に向かって話していました。その姿をみることでなんとか、止まることなく話し終えることができたのです。

面接が終わったあと、冷静になると、その男性はエレベーターのときに乗ってきた男性であり、ボランティアのパンフレットに写真付きで載っていた西村佳哲さんという人であることがわかりました。

「西村佳哲さん、、職業は…働き方研究家??」

そんな職業あるのか!と思いながらも西村さんのその面接会場での在り方にとても救われたと同時に気になってしまった私は著書があると知り、面接を終えたその足で西村さんの本を購入して家路につきました。

私はこのときすでにほんの一時だったけれど、その西村さんの人に対しての「在り方」に憧れていたんだなと、今になって思います。

自分の「在り方」は

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「自分の理想の姿、大切にしたいものってなんだろう」

西村さんに会って、その人に対しての在り方は一時だったけど、自分が求めていて、自分自身もなりたいもので強く印象に残った。

今の環境のままの自分でいて、10年後、20年後の自分はどんな自分になっているだろうか。

きっと、今の場所にいたらマナーや常識をわきまえた、大人の女性になれるかもしれない。

けど、その内側はひどく無機質で、余裕のないものに思えた。

その姿は本当に自分らしい姿なのかな

西村佳哲さんから学ぶ「仕事」と「在り方」

 

すぐ読みはじめたその本はいろんな職業の人を西村さんがインタビューを通してその働き方の奥にある、その人の「在り方」に迫っていく内容でした。

 

みんな、どんなふうに働いて生きてゆくの?

 

自分には、自分と自分自身というものがあり、その自分の「在り方」をピラミッドの土台として一番上に「働き方」が成り立っている。

 

これはインタビュー全体を通して伝わってきたことであり、私はその考えに深く考えさせられました。

 

「まず在り方があって、その先に仕事がある。」

 

その日を境に私は自分の在り方を問いだしました。

 

自分の人生が動きだしていく感覚。

 問い続ける大切さ

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結果私はそれから半年もせず、仕事を辞めました。

見切り発車でなにも考えず仕事を辞めてしまいましたが、私自身がただそのとき強く思ったのは

「人はもっと自分の人生に自由であるべき」

ということでした。

それから私はイベント企画してみたり演劇にチャレンジしてみたり、大切にしたい自分の「在り方」に出逢うために失敗しつつも以前よりエネルギーに溢れ、生きてます。

右往左往、今もしているけれど自分が大切にしたい想いを大切にできているとき心が静かに満たされるのがわかります。

在り方とは情熱ではなく静かに、自然に自分の中に常にあるもの。

 

おせっかいな人はそのおせっかいを

動物が好きな人はその気持ちを

笑わせることが好きな人はそのユーモアを

表現が好きな人はその世界観を

 

自分の想う気持ちをまず土台に、そこから仕事を考えていけばいけばいい。

そう思うと大人というのはとても楽しいことに感じます。

だって自分の好きなように生きれるんだから。

 

在り方がまずあって、その先に仕事がある。

問い続けて自分を深めていくこと。

人生は興味深くて、答えがなくて、でもそこが楽しいのかもしれない。

 

もっと人は自由でいい。

 


投稿者: わん吉

楽しさと遊び心を大切に。

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