疲れた人達のために元気になれる施設を作りたい

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なんだか最近、気軽にかける身近な役立ちばかり書いていたので、たまには自分の書きたいこと書こうと思います。

タイトルの通り、最近やりたいなと思うことがこの仕事や社会、人間関係に疲れた人、鬱っぽい人達のための場所作りをしたいなということです。

社会には疲れた人達を休ませる場所が必要

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最近本当に感じるのがコレです。

というか昔の私がそうでした。二十歳すぎて社会人になったとき、やりたいこともわからず、でも働かなければと入った接客の仕事をやり続けて5年が経った頃。

久しぶりに会った高校の友達に開口一番

「どうしたの?なんか薄くなったね」

と、言われました。

薄くなったね、というのがなんだかとてもその時の自分の状態を言い得ていて、凄く記憶に残りました。

当時の私は本当になにをやっても慢性的に疲れていて、一日なんとかやり抜くことで精いっぱい。

休日は疲れてしまっていて遊びのお誘いも断るようになり、仕事のない日はひたすらに寝ていました。

なんでこんなに疲れるのだろうと身体の病気を疑う頃には、物事を選んだり決めたりすることにもとても時間がかかるようになりスーパーで物をひとつ買うのにも3時間以上かかるような始末になりました。

たまにこのままじゃダメだと無理に外に出ると5分歩くと疲れて横になりたくなる身体の重さ、休みの日は15時間以上寝てしまう過眠。

多分、当時の自分では気づかなかったけれど鬱だったのだと思います。

自分を見つめなおす場所の必要性

そんな20代半ばの苦しい時期だったのですが、そのいつの間にかやってきた苦しさの原因はコレだったのではないかと思います。

・働かないと生活できない環境

当たり前ですが、裕福でない環境だと働かなければ生きてはいけません。独身で実家暮らしでしたが、高齢の親は自営で失敗しており父は数年前に他界。残った病気持ちの母親は年金や収入がなかったので子供の自分が働かなければ生活できない状況でした。

・自分の適性の確立ができていなかった

これは自分自身、社会に出るという自覚が足りなかったことで出た問題でもあるのですが、社会に出る前に自分が本当にやりたいことや適性、興味などを確立がしきれていなかった点です。条件のみで仕事を選び自分という人間に合った仕事を選ばなかったため、続けていくうちにどこかで限界がきている自分を感じました。

仕事を休むことになるにあたって転職セミナーの70代の高齢講師の方が言っていたのですが、長く仕事を続けられるひとはやはり必ず仕事に自分の興味や趣味が関わっている人だと言っていました。

私はそこから働きながら少しずつ自分という人間がなにが理想でどんなことをやりたいのか真剣に向き合うようになったのですが「生き甲斐」という点でも人生の大半を占める仕事でそれを見つけることは本当に大切なことだと今、思います。

 自分と向き合うことで回復する

私はそこから少しずつ、リハビリのような毎日を続けました。

生活が出来る最低限の仕事に変え、残った時間を自分と向き合う時間に使いました。

初めは起きることすら辛かったですが、一日少しでも小さいことにチャレンジしよう、自分の本当に望むことをしようと意識して行動しました。

最初は気になった本を毎日5分でも読むとか、いつも決まった道を歩くのではなく少し寄り道する。靴を揃える。自分が本当に食べたいものを食べる。など些細なことから始めました。

小さなことですが、少し出来たら合格!ということにして自信に繋げました。

一番大きかったことは当時やっていた接客の仕事を辞めたことだったと思います。

向かない仕事でも長く続ければ道が開けるかもしれないと続けていましたが、それ以上に私は辞めたらもう仕事がないかもしれないということが怖かったのだと思います。

でも、「ツラいことになってもいい」と決めて実際辞めたとき、少しの不安はあったもののそれ以上に全身の解放感と、自分の意志で自分の道を決められたことに嬉しさと高揚感を感じたのを覚えています。

そこから驚くほどに私は回復し、半年後には趣味で演劇やイベントに参加していました。

人前で演劇やイベントをするなんて以前の私では考えられないことでした。

自分と向き合う場所が社会にあってもいいのではないか

そんな自分を振り返って思うのが、そんな風に自分と向き合い、回復していくための場所が社会にもあっていいんじゃないかということです。

今、こうやって自分自身のエネルギーというか元気さを取り戻せたのはとても嬉しいのですが、長い時間がかかったなぁというのが本音としてあります。

それはやはり働かなければ食べられないことや、休むことへの罪悪感が常に自分の中にあったことが不安や焦りになり自身の足を引っ張っていたことが大きいように思います。

自分自身の話だったのですが、ここ数年でいろんな話を聞くなかで同じように「自分がなにをしたいのか分からない」ことや「働かなくては食べていけない」ことで悩んでいる人は多いのではと思うようになりました。

働けるだけ有難い、そんなことでツラいなんて甘えてる。

そんな言葉を言う人がいるかもしれません。

でも、そのしんどい生活を生涯続けて年老いたとき、自分は幸せな人生だったと思えるだろうかと考えたとき

私の答えはNOでした。

私はディズニーランドが好きです。なぜかというとそこにいる人達がみんな楽しそうで幸せそうだからです。

でも、電車の中で本当に疲れ切った人などを見ると以前の自分と重ねるように胸が痛くなります。

疲れた人が心の底から休め、自分について考え回復できる場所。

社会の為にバリバリ働ける場所を作ることも大切ですが、それとセットで社会の人が休める場所も作ることが大切ではないかと強く思っています。

 

もし同じことを考えてる人や、それを実践してる場所を知っている方がいたら是非話を聞かせて欲しいです。

読んでいただいてありがとうございます。

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投稿者: わん吉

楽しさと遊び心を大切に。

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