私が思うここが変だよ日本のマナー

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マナーや礼儀っていうのは大半の人がそうすることが良いと思う共通認識のようなものだと思っているわけれど、日本にはとかく意味が分からないマナーやルールがある。

これはなんのためにあるのだろうというルール。正直言ってやる意味が分からないし細かいマナーにうるさい人は嫌いだ。

ありすぎて全部あげられる気がしないけれど思いつく限りあげていきたい。

面接のマナー

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受験や就活などのおける面接全般におけるのだけど所作のひとつひとつに細かいルールがありすぎて異常じゃないかと思うのは私だけでしょうか。

ノックの回数からお辞儀の角度まで。決められすぎててこれキッチリ守りすぎるのもどうなのと思ってしまう。

それに加えて履歴書とかの書き方も細かいマナーがあったりで受験にしろ就活にしろ面接の練習がかなりあったように思う。

そこに時間をかけるならもっと主体的に動けたり自分の意志を育てることに時間を使ったほうが生み出せるものや価値は大きいと思う。

お客様が神様すぎる

接客業をしたことがあって感じたことなのだけど、あまりにも接客に対する過度なマニュアルが多いように思う。笑顔の練習まで長い時間をかけて研修があったけれどもう少し自然な形で出来た方が絶対いいと思う。

外国人が経営する個人のお店に行ったりすると店員さんが普通にお客さんの席で食事してお冷もってきながら「決まったら声かけてね~」と朗らかに言ってくれた。

これくらいの「ゆるさ」がないと常に気が張って疲弊した雰囲気をまとってしまう。接客が感情労働といわゆる所以だなぁと思ってしまうのだ。

商売してる人も社会の一員で、もう少し自由や尊重の意識、楽しんで仕事するような風潮ができてほしい。

すこし間食したり、おしゃべりしたりしながら楽しい空気で仕事をしたい。

プラス働きすぎだから一日6時間労働くらいになったらいいな。もしくは週4。

学校の校則が意味不明

学校の校則においてなんでこれやらされてるの?というものが多かった。

違和感はペットボトル持ち込み禁止とか。夏の熱いときになんで水筒じゃなきゃ水分ダメだからと我慢しなきゃいけなかったんだろうか。

禁止のペットボトル持ってきたことで運動部が罰則受けてるのも正直奴隷のような印象を受けた。

髪が長いと結ばなければいけないとか、染めてはいけないとかも個性を持ってはいけない、好きを表現しちゃいけないような気持ちになる。

言われたことを言われたとおりにやりなさいという事ばかりで先生がこういうのを望むだろうということを演じ続ける環境のように思う。

若い人がやりたいことが分からないとか好きなことが見つからないと言ってるのはこういう教育の弊害ではないか。

結婚式に行きたくない

行きたくないは完璧に個人的な感想でしたすみません。というのも友人の結婚式に2回ほど参列したことがあるんですがその後からは友人の結婚式は申し訳ないけれど欠席するようになったんです。

だって高すぎる。ドレスと祝儀と交通費で何万円かかるのか。

こんな負担をかけるなら自分は結婚式を挙げたくないと思ったほど。

もちろん祝いたくないわけじゃなくてめちゃめちゃ祝ってる。祝ってるけどそれとこれとは全く別問題だ。

それに加えて新郎新婦も緊張や気遣いでいっぱいいっぱい感が伝わってくるし会話やお祝いできる時間がすごい少ない。

なので申し訳ないのは承知で結婚式は丁重にお断りして落ち着いた頃に会って自分の出来る範囲での喜びそうな物をプレゼントしてます。

新郎新婦が楽しむ気持ちとお祝いする気持ちが一番大事だと思うのになんだか儀礼やマナーばかりが先行している気がするのです。

上下関係が厳しすぎる

これは主に仕事やビジネスマナーに言えるのだけれどこんなに自己犠牲的な行為が極まることをやらされるともはや病むレベルだなと思うことが何度かあった。飲食店でやたら厳しいところだったからかもしれないけど鬱になる人は多かった。

まずサービス残業とか有給は使ってはいけないが暗黙のルールとして通っていた。

人件費はギリギリまで削られ休日出勤も当たり前。

会議は上司の30分前には着くようにするとか。上司がマナーで30分前に着くからその30分前に着くようにすると1時間マナーのために早起きするとかが頻繁にあるうえ内容が確認事項が多くて無意味に感じることが多かった。

それでいて会議は社長の言葉の朗読から始まって一人が「今年もお給料を頂けたことに感謝してお礼を言いましょう!」と言いだし全員で声を合わせて上司に「ありがとうございました!!」とか。

私はこの「ありがとうございました!」で自分の中の溜まった違和感が噴出して退職を決意しました。

本当にありがとうございました。

いや、会社の経営してお給料を安定して払うことがどれだけ大変かということかというのは分かる、分かるけれども行き過ぎだと思う。

私は働く人だって限られた人生の大切な時間を会社に捧げているのだからそれ相応の尊重を受けるべきだと思ってます。自分の子供だったらさせたくないもん。

暗黙の了解がはびこっている

街のなかにも暗黙の了解として存在するルールがあってそれが細かいとたまの息抜きのプライベートすら息苦しいものになると思う。

食事のちょっとしたマナーで注意されたり、子供の騒ぐ声や野良猫にエサをあげるなとか優先席近くの携帯電話とかでトラブルになってるところを何度か見たことがある。

最近ネットでディズニーで売り物のぬいぐるみを買う前に抱きしめる人をありえないマナー違反だと話題になっていた。

それが嫌だ汚いという人がいるのは分かるけれどあまりに神経質だと思ったのは私だけなのだろうか。

口紅や涎がついたのなら話は別だけど、気になるなら自分が買ってから洗えばいいだけの話。

マナーやルールというのはみんなが気持ちよく過ごすためのものであって欲しいと思う。

それを一人がマナー違反だと言ったら「気分を害する人が一人でもいるならそれが常識だ」とルールが増えていったら楽しめるものも楽しめなくなる。

これはマナー違反だと聞いたらその行為を見ただけで反応してしまうようになってしまう。注意するようになってしまう。

もう一度そのマナーの理由を一つ一つちゃんと考えていって自分が気にならないものなら気にならないという意志表示をもっとしていきたい。

記事全体が愚痴っぽくなってしまった。でも本当に今の日本のマナーが今以上に気疲れや息が詰まるようなものになってはいけないと個人的に感じる。

窮屈になるマナー作りではなくお互いが気持ちのいい空気作りや声の掛け合いを意識していきたい。

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投稿者: わん吉

楽しさと遊び心を大切に。

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