野良猫にエサをあげちゃいけないって誰が決めたの?

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私の住んでる地域は関東近郊の住宅街なんですが最近ときどき痩せ細ったガリガリの猫を見かけます。

この前もガリガリの猫を見かけ、しかもその猫は足が炎症していてただれたようになっていました。

そんな猫を見ると私は近くでエサを買い、与えます。

でもときどき舌打ちされたり、注意されたりします。そんなとき私はすごく悲しくなります。なんでダメなんだろうと。

なんで野良猫にエサをあげてはいけないの?

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田舎だとエサをあげてる人は多いと友人に聞くのですが、都会ではそうもいかないらしい。

理由はやっぱり「迷惑がかかるから」これが大半。

  • ノミがつくから
  • ゴミを荒らしたり、エサを散らかすから
  • 糞するから
  • 子供が増える・居ついてしまう

すごく、わかります。猫のノミは強烈だし、やはり生きている動物だとやってはいけないことだってわからずやってしまいます。

糞の被害が原因で訴訟になったり、無責任に数を増やした猫屋敷の住人の問題もニュースで見ました。

そういった一部の極端な例が広まり

野良猫にエサをあげること=迷惑がかかること

という雰囲気が広まっていったように感じます。

 

でも、この整備された都会でエサをあげないということはイコール「餓死」を意味します。

迷惑がかかるんだから、これ以上増やさないためにもエサをあげないことが最善。

ということがよく言われることですが、これが本当に最善なのでしょうか?

 

猫だって私たちと同じ命を持った生き物です。共生の道だってあるはずなのにここですぐに

迷惑>命

この図式がとられてしまうことに、私は憤りと共に悲しさを感じてしまうのです。

 

共生の道を考える

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もちろん、無責任にするのではなく、先を見据えて野良猫と人間の共生の道を考えたい。

私が野良猫問題で一番に重要だと考えるのは「増やさない」ということです。

猫の妊娠期間は2ヶ月で、発情期も年に2~3回。一度に平均4~5匹を生みます。野良猫は平均寿命2年と厳しい生存率ですがそれを踏まえても一匹のメス猫が生涯で生む子猫の数はやはり多いといえます。

生まれた子猫がまた繁殖することを考えると野良猫問題ではまず不妊去勢手術をし、増やさないことが大切。病院によっては野良猫なら安価に手術してくれる病院も多くあるそうです。

そういった病院を利用しつつ、これ以上野良猫を増やさない努力をしていく。その中でも生まれたからには同じ命として生きる方法、手段を模索したい。

地域猫活動という取り組み

そういった野良猫問題を調べていく中で、「地域猫」という取り組みを見つけました。

野良猫との共生と、迷惑問題を考えた素晴らしい取り組みだなと感じました。

https://matome.naver.jp/odai/2140020179873433301

横浜からはじまり、さいたま市、あの野良猫の多い江の島などでも取り組まれているようです。とても参考になります。

野良猫問題は地域での理解や話し合いが必要不可欠

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問題がある以上、解決するためにはどちらかの独断で動くことはより反発を招きます。

実際迷惑がかかっている以上、どうやったらそれらの被害がなくなるかのお互いが理解できる話し合いが必要です。

野良猫により迷惑は糞であったり、猫アレルギーが問題だったりその問題の内容は人それぞれのため、個々人に沿った解決をしていくことが重要。

ノミならば今は猫の背中にポツッと落とすだけでノミが駆除される薬があります。

糞の臭いはエサで消臭効果のあるものもあるし、地域で猫砂など猫用のトイレを決まった場所に設置し覚えさせれば猫は必ずそこでしてくれるようになります。

 

野良猫に対する見方が変わってほしい

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私がいま思うことは野良猫に対する見方が変わってほしいということ。もっと地域猫のような、人目を気にすることなく地域で猫を育てる意識が広がってほしいと思ってます。

問題が話し合いによって解決すれば野良猫の存在ってメリットしかないと思うんです。

私が小さい頃、近所の商店街には野良猫がいました。

今ほど野良猫に対しての見方も厳しくなかったのか、郵便局の前の待合椅子に居すわっていた一匹の猫。何年もいるところを見ると郵便局の人も知っていながら許容していたんだと思います。

その猫の前を登下校する小学生が立ち止まって撫でながら通り過ぎます。

親子でエサをあげて可愛いね、と言って通り過ぎます。

いつも寝てばっかりの猫でしたが、外で気持ち良さそうに眠るその可愛い姿にみんなが癒されてました。

 

その光景は大人になった今でも幸せな思い出の一部として思い出します。

 

もっと議論されてほしい

 

現在の野良猫に対する見方の大半は話し合いが足りないことからきてると思います。

野良猫問題に関わらず、いまの日本は迷惑がかかることに対しての目が厳しい。

でも、その迷惑は話し合いによる理解で解決できるんです。

でもその話し合いの場がないから、自分一人の力じゃどうしようもないから、という理由で見てみぬフリがされている。

そりゃあ、迷惑がかかることはしないに越したことはないです。

野良猫にエサをあげない人の中には、交通事故で死んでしまう姿をみたくないからという猫に対する愛情からの人もいます。

でも、その問題の解決はひとつしかないのでしょうか?

生きていくなかで誰ひとりにも迷惑をかけずに生きていくなんて人間でも無理です。どうしても出てくる問題というのは必ずあります。

だから正解というものは本来はなくて、あるのは沢山の話し合いの中から導き出した「最善」です。

 

私はもっとこの議論が活発にされてほしい。

いろんな考えがあっていい。ふたつにひとつでなく一人一人の考えとしてもっと話し合いたい。

私の考えと同じような人がいてくれたら嬉しいけれど、違う考えの人がいても、その理由を聞きたいし一緒に考えたいと思っています。

私もこの記事を書くと、反発があるんじゃないかとやっぱり少し恐いです。

でも対立するのではなく、目指すところは理解です。

 

「私はこう感じてる」

と伝えることだけでも変わる現実は絶対あります。

 

そう思い、今回の記事を書きました。

どんな感情でも、少しでもなにか思うことがあったなら嬉しいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

投稿者: わん吉

楽しさと遊び心を大切に。

「野良猫にエサをあげちゃいけないって誰が決めたの?」への8件のフィードバック

  1. じゃあ貴方は餌をあげた猫達を避妊去勢してあげたり、もし子供が産まれたら里親を探したりしますか?餌をあげた場所や食べた事で出る糞を掃除をしますか?
    猫がかわいそうと思う気持ちはわかります。だけど、そこには責任が発生し、または貴方の知らないところで掃除や自己負担をして去勢をしている人がいるのです。
    餌をあげたいのであれば、まず近所の方に断りや話し合いをして理解を求めるのです。今日私はやっと他人の土地に餌付けをしてる人を見つけました。避妊去勢や掃除、子供が産まれたら里親を探してくれるのか?と聞きましたが謝るどころか逆ギレでした。私が悪いのでしょうか?私にも限界があります。保健所に連れて行かれる子猫をこれ以上増やしたくないのです。

    1. コメントありがとうございます。うまく話し合い出来なかったようでそれでは辛いですね。私はエサをあげないことで野良猫が餓死することがなく、いま生きている猫は十分に生活できて去勢避妊しこれ以上増やさないようにすること。エサや糞の始末はしっかりし、地域の人全員でその地域の猫と共生できるように協力する地域猫の取り組みがもっと広まることを望んでいます。うまく記事で伝わらなかったのならすみません。現在は自分の住んでいる近くの野良猫の里親を探したり自分自身も引き取る予定です。避妊や去勢や傷ついた猫を引き取ってくれる施設と話し合いをしたりしていますが、地域全体で取り組まないことには一人では限界があります。
      あなた様のように声をかけ、保健所に連れていかれる子猫を減らすためにはなにが出来るかという話し合いができる場を増やせればと思っています。ほぼ人間の管理下にある社会の中で誰の物でもない野良猫の命をどう扱うか、もっと話し合えればと思っています。

  2. 私も猫が大好きで現在猫を飼っていますが、まったく賛成できません。
    話し合いとおっしゃっていますが、理想の結論と落とし所を押さえない話し合いなんてありえません。貴方の理想はなんでしょうか?
    この内容だと地域猫を地域の方全員で、税金の他ににお金を出して去勢の面倒を見ることのように聞こえます。
    避妊去勢を完璧にできたとして一代で猫は絶えることになりますがそれで良いということですか?きっとそうではないですよね。
    第一猫は自由に移動するので完全な管理なんてできません。

    同じ野生動物の鳩やカラスにはそんなこと言わないのに猫だけかわいそう!というのは単にかわいいからですか?同じ命なのに?
    普段からカラスがゴミを荒らしやすいようにゴミ出し等していらっしゃるのなら一貫性があるのである意味納得します。

    冷たい表現になってしまいすみません。
    猫がかわいそうだから餌やりは容認するべき、でも手術の負担はみんなでしましょう!と言っているようにしか聞こえません。

    1. 通り過ぎの猫飼い
      コメントありがとうございます。こういった意見を言っていただけるのはとても参考になります。
      私の意見になってしまいますが答えさせて頂きます。
      例えばなんですが、もしあなたの飼われている猫が脱走してしまい野良猫になってしまったらどう思うでしょうか。
      誰も餌をあげず、あげることも許されず、野良になってしまったのだから、野良は迷惑かけるからと飢えて見殺しにされることにやはり納得するのでしょうか。
      鳥や鳩は飛べることによって森などにエサを求めに行くことができます。
      しかし人間の土地に生まれた猫や犬などにはそれができません。習性からして動く範囲、縄張りの範囲が狭いのです。
      私はもちろん飼うことが出来るのならば一度子供を産ませてあげたいと思いますが、野生では人間との共生という視点から繁殖能力が高い猫にはそれはすることは反対派のみなさんと同じような汚物やエサの観点からもすることは難しいと思い、避妊去勢は必要だと思ってます。
      でも一度生まれた命ならば、それを守るために出来ることをすることは大切なことだと思うのです。一代で絶えることになっても生まれたならばその命を守ることをしてあげたいと思うのです。
      地域の方全体でそれが出来るのはまさに私の理想です。
      でも、もちろん猫が嫌いでそれをしたくないという人もいるでしょう。それも自由です。強制をすることはしないし、出来る限り迷惑をかけない方法を模索することが必要だと思います。
      そして猫を守ってあげたい。飢えて死ぬ猫を見たくないという人は自発的にそれがしたいと思うはずです。だからこそ、その猫を守りたいと思ってる人の自由も尊重し、餌をあげるな!などの一言で済ませて欲しくないのです。

  3. すみません。批判だらけの文章になってしまったので補足させてください。
    かわいいからたまにちょっとエサをあげるくらい・・という気持ちにはとてもとても共感します。(私も子どもの頃あげてました)
    ただ、これだと反対派の人から見たら嫌いな猫をわざわざお金を出して保護活動すべき、という主張に聞こえるので逆効果だと思いますよ。

    1. 通りすがりの猫飼いさん
      批判だらけとは思いませんでしたよ。そうですね。地域全体は本当の理想ではありますが~すべきにはしたくないという想いはあります。
      だから活動はしたい人だけ地域猫の活動をするという形で良いと思っています。
      ただ迷惑をかけない方法を模索しながら猫の命を守ることについて、活動はしなくていいので迷惑だからと一喝することに疑問をもっているのです。
      その形ですと迷惑かける猫はエサをあげず飢え死にして死んでしまえば良いということとイコールではないでしょうか。
      迷惑>猫の命、という図式になっていることに私は憤りを感じてしまうのです。

  4. 私にも8年近く面倒をみている野良猫がいます。ずっと家の玄関のところで餌をあげて寒さなどもしのげるように段ボール箱の寝床も置いてました。家猫と野良猫が同時期に子猫を産んで落ち着いてからすぐに去勢もしました。10匹の子猫達もしばらく家の中で面倒をみてトイレトレーニングもしてもらってくれる人を探したら2匹ずつ無事にすぐ里親がみつかりよかったです。その後、住み慣れた戸建てから集合住宅へ引っ越さなければならなくなり、家が売却されてしまうまでは今まで通り餌をあげられたのですが、今春とうとう売却され家の前が公園で現在はそこでエサをあげてました。でも先日エサをやるな!!毎日エサやりに来てるだろ!!そんなに猫が好きなら家に連れていけ!!と唾をはかれ舌打ちされました。暗がりで顔もみえず男の人だったので下手に反論しても怖かったのでその日はエサやりを諦めて帰りました。これからどうやってエサをあげたらいいのか悩んでます。家に連れて来れたら一番いいのですが…。私の友達は地域猫に理解のある場所に住んでいて毎日癒されてると言ってます。私の住んでいる場所は猫との共生など考えもしてくれない感じです。地球は人間だけのものではなく猫達にも生きる権利があるはずです。猫は安全な場所に住み着くので猫がいることに感謝してもいいのではないでしょうか?人間は自分達の都合で動物に害を及ぼしてることを自覚すべきだと思います。みんな招き猫は大好きなのになぜ野良猫を嫌うのか理解できません。

    1. 七福神さん
      急に怒鳴られてそんな態度をとられたら怖くて何も言えなくなってしまいますよね。
      価値観の違いは誰にでもあるものなのに、一方的に傷つく言葉を吐いて自分の意見だけ通そうという姿勢に疑問を感じました。
      猫達にも生きる権利がある、という言葉に深く共感します。
      自分が快適に生きるために猫の飢えや命を犠牲にするのではなく、生まれた命は全体で助け合い生きていくことが猫だけでなく人間同士でも大事なことかと思ってます。
      共生という道を選んでいきたいと私も思います。
      コメントありがとうございます。

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