人生で辛いときに支えてくれた人が特別な人になる

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人生でしんどい時期や折れそうになる時期、壁にぶちあたるとき。

そんな時期に傍にいてくれた人や救われる言葉をかけてくれた人って自分にとって一生思い出すような特別な人になるよなぁとふと思ったんです。

ピンチのときの記憶は深く刻まれる

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これって出産のときの旦那さんが無関心だったりひどい対応だったりすると一生恨まれるという現象と一緒だと思うんです。人間ピンチのときって感情が強く揺さぶられるときだから記憶にも残りやすい。

それは失恋のときとか大切な人を亡くしたときとか急激な変化のときとか。

自分の感情がその衝撃に押しつぶされそうになってるときって精神的に一人じゃ立てないようなギリギリのとき。

だから人から受ける印象が強く刻まれるときでもあるんだろうなと。

寄り添う気持ちに救われた記憶

辛いときに支えるというと、身近な存在の人が精いっぱい支えるようなイメージがあるけれど実際はそんな大きなことでなくても何気ない寄り添う気持ちだったりする。

私の場合は家庭で兄が荒れていたとき。

兄が家で暴れ親戚まで巻き込んで言い争いをしてたとき毎日のように続く兄のいろんな人を巻き込んだ言い争いやトラブルに本当に精神が参っていました。

そんなときに祖母から電話で祖母の家に兄がきて家についてあることないこと酷い話をしているという内容でした。

でも、実際そんな事実はまったくないし、今度は祖母まで巻き込んで争いばかり起こす兄に私は思わず電話で祖母に訴えました。

「そんなの全部嘘だよ」

「もう喧嘩ばかりで嫌だ」

祖母を巻き込みたくないと思いながらも自分の気持ちが限界で思わずそう口に出すと祖母は本当に優しく

「そうだよなぁ」

「そうだよなぁ」

「辛いよなぁ」

と寄り添ってくれました。そしてお祖母ちゃんは私の話を信じてるから。兄の方にはちゃんと言っておくからと強く言ってくれました。

電話でほんの10分にも満たない会話だったけれど祖母が私の気持ちを心から聞いてくれたのが嬉しくて、電話を切ったあとショッピングモールの中でずっと号泣してしまいました。

辛いときに心から寄り添ってくれるというのは実際に会わなくても、長い時間でなくても相手に心から寄り添ってくれる気持ちが一瞬でもあれば救われるのだと思った記憶です。

違和感を気にかけてくれる存在

悩みや辛いときというのはずっと心ここにあらずというか心が塞いだような状態であることが多いです。

そんなときにそんな自分の辛さや気持ちに気付いてくれるだけで「見てくれる」「気付いてくれる」その存在に救われるときがありました。

それは私が趣味で関わっていたコミュニティで集まりがあったときでした。

そのとき私は仕事についてとても悩んでいてそのことで頭がいっぱいでイベントにあまり身が入りませんでした。

何人かで話していた時間があったのですが一人の人が悩み相談をはじめ私は一生懸命聞こうとしていたのですが内心本当は自分の気持ちでいっぱいいっぱいの状態でした。

でも、目の前の人は真剣に悩んでいるし真摯に聞かなくては。自分が話すタイミングでもないし、私の悩みは自分で解決することだ

そう考えずっと聞いているとその相談を終わったタイミングである別の人が私に声をかけてくれました。

「〇〇さんはなんか話したいことはない?」と。

私は「えっ」と思わず止まってしまいました。すると

 

「なんか、ある気がして」

 

と私の様子を気に掛けるように見ていました。

その言葉が嬉しくて私は相談することなくボロボロ泣いてしまいました。

それだけで気持ちがすごく軽くなった。

話を聞いてもらわなくてもその気持ちだけで、とても救われました。

その一言で今でも辛いときに支えてくれた人としてその人には思い出す度に感謝とともに暖かい気持ちを感じます。

自分に出来る寄り添い方を

辛いときというのは少しの気持ちでも大きな支えになります。

ちょっとした一言、ちょっとした気遣い。

こういうものに私自身が幾度も救われてきたから自分自身も誰かのピンチのときや本当にしんどいときは寄り添いたい。そう思います。

辛いときに一人で乗り越えるというのは孤独との闘いです。

悩みや辛さを乗り越えるのも当人でしかない。

 

でもそんなとき向けてくれる「寄り添う気持ち」が辛い感情を乗り越える力となって自分を支えてくれるのだと、そう思います。

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投稿者: わん吉

楽しさと遊び心を大切に。

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