悩みを相談できない人は、まず人を信じる勇気をもとう

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頭のなかにグルグルと渦巻く悩みがある。苦しくてどうにかしたくてもどうすればいいかもわからず毎日同じことを考えては堂々巡り。

誰かに話を聞いてもらいたいと思いながらも言えない。ためらってしまうその背景には

「人を信じることができない」

という自分の殻が隠されているかもしれません。

そんなわけで初めまして!わん吉(@kamenoippo123)です!

最近こそ昔に比べればめっきり悩まなくなった私ですがそれでも生きていると起こってくる出来事のなかで思い悩むことは多々あります。

解決できることであればいいのですが、過去のことであったりまだ将来に対する不安であったりと、どうすることもできず悶々と考え続けてしまうことであればその時間はひたすらに辛いものであり続けます。

私自身も以前は過去のことについていつまでも悩んでいる人間でした。

けれどある出来事をきっかけにその日からずっと悩んできた過去のことを考えなくなったのです。

なぜ人に自分の悩みを話せないのか?

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私は以前、ずっと悩みを抱えていたにも関わらずそれを人に話すことができませんでした。

親しい友人はもちろん、家族にもです。

自分でも無意識でしたが話そうという気にも当時はなっていませんでした。

いまになってそのときの気持ちを思うと無意識下でこんな気持ちが隠されていたからだと思います。

  • 誰かに話されるんじゃないかと思うと話せない
  • 明るいキャラクターを作ってきたので本心を出すのが恐い
  • 話したところで意味がない。関係が変わるかもしれない
  • 親身になって聞いてくれないかもしれない、余計傷つくだけかもしれない

話すことに対してまったくメリットを感じてなかったんです。

というより

人を信じていなかった

これが大きいと思います。

人を信じることができない原因は?

じゃあなぜ、そんな風に人を信じることができなくなったのか?

私の場合は幼少期の家庭環境があったのだと思います。兄弟が多かったのですが、兄弟間の関係は思ってることを話したり面倒みあうということはなく、からかい合ったりすることが多い環境でした。

幼い頃の私は美味しいものを食べると顔が勝手にほころんでしまう癖があったのですがそれを兄弟に「自慢してる!自慢しマンだ!」などとからかわれたり、テレビドラマが好きでよくドラマを見ていただけなのに、「ドラマ好きすぎる!お前は〇〇だ!」と変なあだ名をつけられたり。

そういう経験を通してか私は自分について全く話さなくなりました。

また、幼い頃は自営の父の仕事が上手くいっておらず、夫婦仲も悪かったため母がでていったり、姉や兄が不登校になることで精神的に荒れてしまったことから幼いながらに「家のことや仕事のことで苦しそうな親を、これ以上ワガママなどを言ったり困らせてはいけない」と思っていました。

また長く荒れている兄を見て「自分はこんな風に人に当たり散らすようなことは絶対しない」と怒りに似た強い感情を持ったからかもしれません。

そんなことも相まってか次第に私は本音は話さず、家では無口な静かな子でした。

そして外では真逆に笑った顔しか見せない冗談好きな明るいキャラクター。

外では楽しく笑い合えていましたが、場の雰囲気を壊すようなことに敏感で悩みや弱音を話すことは一度もありませんでした。

そんな風に家でも外でも、本音を見せることなく自分を演じることで傷つくことを避け生きてきました。

でも本当は自分はもっと構ってほしかったし、ワガママを言ったり弱音を吐いたりしても受け入れてほしかった。

悩みを一緒に聞いて頷いてほしかったのだと思います。

感情を隠すと自分がわからなくなる

そんな風に自分の本心を話すことなくやり過ごしていったときぶつかる壁があります。

自分のなかで感情を抑えてきたため自分の気持ちがわからなくなっていくのです。

  • 自分の好き、嫌いがわからない
  • なにがやりたいかもわからない
  • なにが食べたいのかもわからない

ただただ周囲の出来事を受け止めることしかできず、自分の気持ちや本音がわからない。

しかしなにが原因かもわからないけれど、たまらなく不安で焦る感情がある。

原因すらも自分がなにに不安なのかも曖昧なためどうすることもできなく辛い日々でした。

考えるのは過去の家庭環境に対する鬱々とした気持ちで、毎日毎日考えても答えもだせず、ぐるぐるとした思考や記憶にとらわれていました。

出せずにいた感情がいつまでも自分に残って悪さをしているようなそんな状態です。

話してみたいと思った

考えているのはもう変えることのできない過去のことだし、コレといった不安の原因もわからないため悩みの相談という形で人に話すという発想はありませんでした。

過去のことを話してもきっと愚痴になる。きっとそんな話は聞いたところで困るだろうし自分自身、それを聞いた相手がどう思うかが恐かったんだと思います。

しかしある時よんだ本がきっかけとなり、そういったとりとめのない悩みを聞いてくれる場所があると知りました。

「友人や家族には話せないけれど、自分を知らない人になら話せるかも」

まったく自分を知らない人に、いまの自分自身を見てもらいたい。聞いてもらいたい。

話すだけ話してもしダメでも、そしたらもう行かなければいい。それで終わり。

そう思うと気が楽でした。

本心が話せない

実際に初めてその悩みを聞いてくれるコミュニティに行ったところ、行ったその日に日頃自分の中にぐるぐるした想いを全部話そうとしていたのにいざ、話を聞いてもらう段になって全く話せない自分がいました。

出迎えてくれた男性はとても優し気で誠実そうな男性でした。

私の言葉を待っててくれ、長い沈黙になるとそっと自分の話や心の話などをしてリラックスさせようとしてくれました。

でもどうしても言葉がでてこない。

あれだけ毎日考えていて吐き出せる場所があるなら吐き出したいと思っていたのに、言うだけ言ったら来なければいいだけなんだからと思っても言葉にしようとすると恐怖感がでてくる。

結局その日はほとんど話を聞くだけで終わってしまいました。

話したいと思ったことを話す

それから私は定期的にそのコミュニティに通うようになりました。

本心を話すことは思った以上に難しく初めはほぼ無言。しかしそんな私を見てかそこにいた男性はこう語ってくれました。

「無理に話そうとしなくていいよ。いま思ってることとか、感じてることとか。話したいことも話せると思うところだけでいいよ」

それを聞いて話そうと用意していたことに意識が向いている状況からいま感じてることに意識を向けることができました。

いま感じてること。

「話したいこともあるし話したい気持ちはあるけれど、言葉がでてこない。」

「話そうとすると緊張や恐怖心がでてくる。」

そんなことをポツポツと話すだけで泣きそうになる自分がいました。

 

ああ、リハビリが必要だ。

急に本心を話そうと思っても無理なのだ。

時間が必要だ、そう思いました。

 

話すことで悩みが消えた

そうして通っていく中で少しずつ、少しずつ本音を話す練習をしました。

そのコミュニティの男性はこうも言います。

「悩みの根本ていうのはたくさん絡まった糸みたいに大元を探そうと思ってもその上に重なった糸で見えなくなってる、自分でも分からなくなってることが多いんだよ」

「だからまず今、自分が気になってる小さなことをこれ以上絡ませないように表現していくことが大事なことなんだ」

いま感じてることを素直に表現する。

当たり前のことながらいつも周りに合わせて言葉を選んでいた私にはとても新鮮なことでした。

「社会ではもちろん自分の感情に嘘をつかなきゃいけない場面ってところも出てくる。でもそれを自分はいま嘘をついてる、仮面をかぶってるって自覚していることが大事だよ」

いままでの自分は一般的に良いとされてることに自分を合わせようと「こんな考え方はダメだ、こう考えなきゃ」ということがほとんどでした。

そうしなくていい。

自分の感情を大切にしていい。

いま自分は本当になにを感じてるのか、それを日常的にごまかさずに従う。それを意識しました。

徐々に話の中で自分の感情を話せるようになってきた頃、長く悶々としていた自分の家庭環境について話したいと思うタイミングがありました。

そのとき、少し家族について触れただけなのに涙が溢れてきてとまらなくなりました。

なんでこんな感情的になってしまうのか自分でもわからなかったけれど、しゃくり上げるように泣いてしまった後、驚くほどすっきりした自分がいました。

小さい頃に泣き疲れたあとに感じるような空っぽな、でも清々しい感じ。

 

心が呼吸する。

 

本当にそんな感じだったのです。

 

そして一番驚いたことが、その日を境に過去について一切考えなくなったのです。

あれだけ毎日悶々と同じことを考えていたのに何故その想いが消えたのか。

 

人を信じて本心を受け容れてもらえること

それは多分、自分の感情に正直になって、それを人を信じて話して肯定してもらえることが生きていくなかでとても重要なことだからだと思います。

人を信じないということは常に疑いや不安をベースに、悩みも自分一人で抱えなくてはいけないということです。

そういう人生は辛い。

自分の感情に嘘をついて生きていくのは楽だけれども、偽りの自分を肯定されても真の意味で受け入れてもらえたという実感はもてません。

だから、本当に思ったことを人を信じて話して受け入れてもらうこと。

これが大事なことだと思うのです。

 

自己肯定感を持てると人は自然と成長する

そうして本当の意味で自分自身を受け容れられることで自己肯定感というの育まれるだと思います。

「作っていた自分」ではなく「ありのままの自分」でいいのだと思える感覚。

頭ではなく実際に感じられること。

これがいま自分にできることをやっていこう、自分の本当にやりたいことに素直になっていいんだという自信になって背中を後押ししてくれます。

そうして新しいことに挑戦する余裕が生まれ成長できる。

今それを身をもって実感してます。

悩みを話せない人は話せる居場所を見つけよう

なのでいま、もしも悩みを話せなくて悩んでる人、話したいと悩んでる人は自分からそういった「居場所」を見つけることが大事だと思います。

いまの環境で本心を話せるのが理想ですが、やはり急には出来ないということが多いと思います。

だからまず、今の環境が全てだと思わずに自分らしくいれる第三の居場所を探していくこと。

そこで自分を出せるようになると自然と他の場所でも出せるようになっている自分に気付くはずです。

最初は勇気がいるけれど、本心で生きるというのは本当に気持ちが楽になります。

だからまず、人を信じる勇気を持つこと。

諦めないこと。

 

理想を実現する力はきっと誰もが持っているものなんだと思います。

 

 

 

 

 

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投稿者: わん吉

楽しさと遊び心を大切に。

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