嫌いな人が多い人はその理由を知ることで対処しよう

ozpa_4mukachakka_tp_v

どうもッ わん吉です。

もうワードプレスでブログを初めて2ヶ月とちょっとが過ぎました。

 

でもなんだか最近アクセス数のことを考えたりなんとなくこんな記事じゃ読まれないなぁとか考えていたらすごく疲れてきてしまった今日この頃。

そんな中ブロガーさんのとかブログをして生活している人の記事を読んでは自分のやり方ではダメだと焦ったりしてしまったり、自分も稼ごうとしているのにも関わらず、ネットを使って欲しいものを公開してサラッと手に入れてる人をみるとひっかかってしまったり。

 

実家に住んでいたり、親が生活費の面倒やお小遣いをくれるから自由に活動できるという人をみてもなんだかモヤモヤする。

 

自立した方がいいとか働いたほうがいいなんてことはあんまり言いたくない。

 

けど、なんだか責めるような感情がおそう。

 

この、ひっかかる感情っていうのは意外と自分を知るきっかけになるもので。

 

たとえば前述したような親に生活の面倒を全部みてもらってる人をみて

 

「親に苦労かけるような生活を続けちゃいけない」

 

とか

 

「自分の生活は自分で面倒みれる力はつけないと生きれない」

 

なんてことは言えると思うけど、それは自分のなかの責めたくなるような強い感情が言わせてる。

 

だって自分が迷惑をかけられてるわけじゃないし、その人の親のことを想ってというような思いやりの感情でもない。そう、そんな善人じゃないのだ私は。

 

多分、それは自分のなかでの抑圧された何かが言わせている。

嫌いなものとかひっかかるものっていうのは自分のなかでの思い込みだったり抑圧、大事にしているものに気付かせてくれる良い材料になる。

 

ただ、そういうものが多いと人生って生きにくい。

 

だってひっかかるものが多いって、つまり感情に振り回されてばかりということだから。

 

だから、そういうことを自分の考え方として固めるよりも「なぜ、そう感じてるのか」っていうことの方にフォーカスしてその嫌いなドロドロした感情とかひっかかる気持ちを消したほうがいい。心が楽になる。

 

 

例えば今の自分がひっかかるものは

 

 

  • 欲しいものとか困ったときすぐ人に頼ろうとする人、それでいて自分はなにも返さない人
  • すぐ怒って自分の気分で周囲に当たり散らす人
  • 自分の感情を優先させて人の気持ちを蔑ろにしても正当化する人

 

そう、自己中な人のことだ。

 

でも、これらのひとつひとつをなんでそう思うのかって掘り下げていくと、一番にでてくるのは

 

それを自分に許していなくて、もしくはそれに対して我慢している環境にいる

 

ということ。

 

そんな自由なのずるい!

ずるい!なんて言えないから一般論をひっぱってきて正当化してぶつけている。

 

きっと本音は羨ましいとか、それをする力がない自分を認めたくないんだろうなと。

 

つまり

 

 

  • 欲しいものとかあっても手にはいらない。困ったときも人に言えない。頼ることはダメだと思ってる。
  • 怒りの感情があっても人にぶつけられない。抑えてしまう。
  • 人の目ばかりを気にして本音で動けない

 

という「我慢」がある。

同じ状況でも「我慢」してない人なら自由にしてる人を見てもひっかかることもない。

でも、出来ない状況から動けないと自分が縛られてる感覚がある、「我慢」してる感覚がある人は自由にしてる人をみると批難したくなるのだ。

 

 

そう思うと、やるべきは批難することじゃなくて

 

自分の「受け取り方」を変える

 

もしくは

 

自分の「環境」を変える

 

ことで自由になることだ。

 

 

 

人の挙動ばかりに振り回されていたら状況はいつになっても変わらないし自分の人生は生きられない。

投稿者: わん吉

楽しさと遊び心を大切に。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です