彼氏との喧嘩でいつも黙り込んでしまっていた私の心理

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彼女や奥さんが喧嘩になると黙ってしまうという悩みを持ってる人はいるでしょうか。私は昔、その黙ってしまう彼女でした。

いつもなにかあると黙ってしまったり連絡や話し合いを避けてしまったり。。自分でもこんな自分じゃ人との付き合いは出来ない、、なんて思っていたのですがそんな自分を変えてくれたキッカケがありました、そのエピソードを紹介します。

話し合いが怖かった

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私がよく喧嘩や話し合いの空気になるにつけて逃げてばかりだったときにとっていた行動はたくさんあります。

  • ラインの既読無視
  • 連絡をひたすらしない
  • 話し合いになってもだんまり
  • 目線すら合わせない
  • 待ち合わせに行かない

などなど…

 

いま思うとただただ申し訳ないのですが、そのときはそうすることしか出来ませんでした。

理由は「怖い。」これに尽きます。

自分でもこんなことしちゃダメだとか、より関係を悪くすることだとは分かっているんですがどうしていいか分からない。

自分のなかに拗ねた気持ちがあり、怒っているときもあるんですが大抵は恐いという気持ちの方が強いです。

真顔でだんまりを決めこむ私に彼氏さんは

「馬鹿にしてんの?」「黙って解決すると思ってるの?」とさらに怒ってしまうこともしばしば。

連絡をとらなかったこと、その理由を話さなかったことが原因で別れてしまったこともあります。

怒りに対しての恐怖

ただただ相手や話し合いの場から逃げていたその当時は気づかなかったのですが、いま思うとそのときの私は「怒り」に対しての恐怖を感じていたのだと思います。

それは相手が怒っていると感じるときもそうですが、自分自身の中に怒りがあることに対してもそうでした。

ただただ、相手が怒ると怖くて頭が真っ白になってしまう。話し合うより早くこの場から去りたいと思ってしまう。気持ちが萎縮してどうしていいか分からなくなってしまう。

自分の中に動揺してしまう気持ちや怖いという感情が出るとそれを抑え込むのに必死で喋るなんてことは到底できないような状態。

この怒りに対しての抑圧や拒絶はその人の性格などもあるかもなんですが、私の場合昔から家でも大人しく親の言うことをよく聞く性格で、学校などでもどちらかというと一切友人と喧嘩もせず優等生タイプで、普段から「怒り」という感情を感じてもなるべく周囲の空気を読むことを優先して抑えていたことが原因のように思います。

「怒り」は悪い感情だ。という意識や恐怖が強く避けて生きてきたので真っ向から話し合いといってもどのようにしたらいいのか分からないという状態でした。

話し合いが出来るようになったキッカケ

話し合いが出来るようになったキッカケは二十歳も過ぎてから付き合った彼氏さんとの喧嘩がきっかけでした。

それまでと同様、なにか些細なことがきっかけの喧嘩でいつも黙りこんでしまって毎回距離をとって逃げる私に彼氏さんは何度も連絡をとってくれたりし、問題は曖昧なまま消化不良な仲直りを繰り返してました。

でも、あるときの喧嘩で私はまた、彼氏さんに怒りのようなものを感じて言葉が出なくなってしまいました。

夜中の公園のベンチで、たぶんこの時も些細なことが理由だったと思います。でも、ずっと今までちゃんと話し合えないことが続いたことで彼氏さんの怒りは元の理由というより話さない私について向いていました。

なにを言っても黙ってる私に彼氏さんは

「一人でずっと喋って、一人で喧嘩してるみたいで、俺、馬鹿みたいだ!」

と言いました。

言ってることは分かる、分かるけど、でも自分でもどうかしたいけど言葉がでてこない。ただ、彼が私に対して怒ってるのだけは分かってそこだけに意識がいく。はやく怒りがおさまってほしい。恐い。張り詰める感情をおさえようとすればするほど、表情も硬くなります。

でも、はじめは怒り口調で黙る私を責めていた彼氏さんが徐々に言葉すくなになり、私を見つめながらこう言ってくれたのです。

 

「なんでもいいから話してほしい」

「いくらでも待つから」

 

そう言われたとき、はじめて私は、目の前の彼氏さんは私を責めてるわけでも、怒ってるわけでもなく私と向き合おうとしてくれてるのだと感じました。

すぐには言葉は出てこなかったけれど、真剣に向き合ってくれてる目の前の人に、なんでもいいから応えたい、と思いました。

無言でずっと待っててくれる彼氏さん。

なにかについての言い訳や、どうにかしようと話すのではなく、そのままの気持ちを話そうと思いました。

言葉を発そうとすると、抑えるのに必死だった気持ちが堰を切ったように溢れボロボロと涙がでてきました。

「怒ってると思うと頭が真っ白になって、言葉が出てこなくなる」

振り絞って出てきた言葉はこれだけでした。

でも彼氏さんは静かにそれを頷づきながら聞いてくれ

「あー、、そうだよな、俺も熱くなっちゃって、強く言い過ぎてた。それじゃ恐いよな」

と。

それだけの会話でしたが、私のなかで受け入れてくれたという気持ちが溢れ嬉しく感じたことを覚えています。

自分の気持ちなんて、言ったところでどうにもならない。とも、無意識に思ってたのかもしれません。

でも、待っててくれた。聞いてくれた。受け入れてくれた。

そう感じて自分のなかで彼氏さんに対して感謝のような気持ちとともに、自分の気持ちもゆるまり、拡がっていくのがわかりました。

その出来事がきっかけになり私のなかで、怒りや喧嘩に対する見方が変わったのだと思います。

それまで怒りや喧嘩に対して感じていたのはただただ「傷つくもの」「恐いもの」でしかありませんでした。

でもその出来事があってから、怒りや喧嘩は「より絆を深くしあえるためのもの」「よりお互いを理解するためのもの」と思えるようになったのです。

これは自分にとって大きな変化で、それ以降はなにかがあったときは時間がかかっても、上手く言えなくても言葉にして伝えるようになりました。

自分の気持ちに対しても、なにが嫌で、どうして欲しかったのか。ということについても深く考えるようになりそれが自分という輪郭をハッキリさせることに繋がりました。

このときのことを思い出すと辛抱強く私と向き合ってくれた彼氏さんに対して感謝の気持ちしかありません。

人に想いを伝えることは、それが伝えづらいことであればあるほど傷つく可能性もあり、勇気がいります。

でも、だからといって抑えるのではなくだからといって闇雲にぶつけるのでもなく

「お互いが大切で、関係を続けたいから伝えたい」

「もっと、理解し合うために伝えたい」

そういう気持ちを前提に、それを信じて伝えるものなら決して無駄にはならないのだと思います。

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投稿者: わん吉

楽しさと遊び心を大切に。

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