仕事で人生が辛いときの私を救った考え方

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「なんか生きづらい、、」「このまま辛い仕事して人生が終わるのか。。」そう思ったときありませんか?

私はあります。

というか、今思うことは私だけでなく、誰もがこの問題とは人生で一度はぶつかるのだと思います。

仕事が辛い。

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私が生き辛さのピークを感じていたのはかれこれ6年前。

当時やっていたのは飲食店での接客でした。とても接客に厳しい会社で毎日笑顔の練習から始まり、新商品が出る度に行われる接客のロールプレイング。店内での接客の取り組みも毎月のように変わって、自分がどのような接客をして満足してもらったかを毎日報告しなければいけませんでした。

12時間労働は当たり前。サービス残業。それに加えて店舗内の人員は慢性的に不足しており、人がいない日やアルバイトが欠勤や遅刻をするたびに連絡が入りシフト入りする日が多い状況でした。

人間関係の悩みもある時期があったり、なくても心から話せるような人間関係は職場では築くことが出来ず仕事をする上での当たり障りのない会話しか出来ませんでした。

当時の私の頭の中を占めていたのは

「どうやったらもっと仕事が出来て人と上手くやれる自分になれるか」

「どうしたらもっと仕事にやりがいや感謝の気持ちをもって取り組めるか」

でした。

そしていつもそんな理想の自分になれない自分を責めていました。

そんな生活を数年送るなかで、私は徐々に生き辛さのようなものを常に感じ、たびたび不安に襲われるようになりました。

「このままの気持ちで何十年もたって私の人生は終わっていくのか」

「なんのための人生なのか」

人生がとても空虚なものに思えて自分が世界に押しつぶされそうな、そんな気持ちでした。

私を救った考え方

そんな不安を抱え続けた結果、わたしは鬱のような状態になってしまいました。いま何が食べたいのか、なにをしたいのか。どう感じてるのか。自分のことなのに分からない。同じ思考ばっかりがループし、物事が決められず理解力が落ちていくのが分かりました。不眠や過眠。昔趣味だった本や映画も内容が頭に入らない。

そんな状態になって私は「このままじゃいけない」と、もっと自分の人生と向き合おうと本当に少しずつですが自分を取り戻す努力をはじめました。

そのときの記事はこちら→やりたいことがわからないときは感情が麻痺してるとき

それまでの私は自分自身の気持ちすら分からなくなるくらい「社会的に理想の自分」を求めていました。

けれど、自分の輪郭や気持ちをよく感じ取っていく中で少しずつ本当の自分が求めていることが分かってきたのです。

そしてある日、仕事の休日にとある街まで出かけショッピングモールを歩いていました。

そのときふと自分のなかでパッとこんな気持ちが浮かんできたのです。

 

「自分が生きたい人生に生きていいんだ」

 

言葉だけみるとそのままなんですが、なにか自分の腑に落ちるような感覚でポーンっと私の中に降りてきた言葉。

鬱になる前はやりたいことや自分自身すら分からずにどうやったら会社や、社会の望む自分になれるかに苦しんでいました。

それから徐々に自分の感じてることや好きなことの輪郭が分かってきても

「自分のやりたいことが分かってきても、この仕事に転職するためのスキルがない。年齢的にも今からじゃ無理だ…」

とか

「新しい仕事場でもどんな上司になるかは分からないし、また一から積み重ねになるんだ…」

と、会社という枠組みから抜け出せない前提で考えていたのです。

 

でも、そうじゃない。

それは従う人生であって、自分の人生は自分で決めていい。

そのショッピングモールで感じた自分の感覚は自分にとってとても大きなことでした。

自分が納得していれば、自分の人生はどう生きたっていいということ。

自分が周囲に感じる違和感に対して、自分の感覚の方を信じて進んでいっていい。

私の求めてる世界は、上下関係なんてない。効率主義の世界なんかじゃない。

もっと生き方そのものが自分自身だと言えるような人生を生きていい!

 

そう思ったとき、鎖が外れたような、とても自由な気持ちになったことを覚えています。

アウトサイダーを生きる。

会社という枠組みから外れるということはいわば全員が目指してる大通りのような道から外れるということ。

一個人の世界だから理解されることも少なくなるかもしれません。

でも、自分が本心で望んでることと同じことを思っている人は本当にいないでしょうか?

本当はもっと丁寧に、大切に、喜びと共に暮らしたい。

手段は違えど目的はみんな同じだと思います。

私は私の感性と手段を持ってその人生を生きていい。それに絶対共感してくれる人はいるはず。

私はただ、それをひたすらに目指していっていい。表現していけばいい。

 

そこだけを諦めなければ、私は人生を生きていける。そう思いました。

そう気づいてから私は以前よりずっと生きやすくなりました。

鬱になりかけていた時は、本当の自分が押し潰されて消えそうでした。

私は仕事で生き辛かったときを振り返って人生の生き辛さというのは自分の感覚より周囲の価値観や社会的価値観を優先させたときに起こるものだと感じました。

人はもっともっと自分を信じていい。

そうすることでもっと身体からエネルギーが出るし、幸せな感情や生き生きとした気持ちが湧きでてきます。

もちろん、そうすることで起こる苦労や無理解のようなものがあると思います。

でも、それすら受け入れて生きるか。以前の自分に戻るか。

そう考えたとき私は例え孤独でも自分を感じて生きていきたいと思ったのです。

なにを選ぶのもその人の自由だけれど私はこの考えに至ってとても楽になりました。

だからいま本当に人生に違和感や、自分が無くなるような感覚を覚えている人がいるならば

どうか、自分のその感覚を信じてあげてください。

と、言いたいのです。

 

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投稿者: わん吉

楽しさと遊び心を大切に。

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