自発性を育てる教育を考える


体験をたくさんしたら自発性というのは高まるのだろうか。

最近自分が感じるのはあっちこっち飛び回り、いろんな人と会っている忙しい人だからといってその分、人間的にも成長しているかといったら比例するものではないということだ。

自分にも言えることなのだけど考えたことをとりあえずまとめてみようと思う。

体験と経験の違いは?

学校教育などで体験的な学習というのはたくさんある。

国会議事堂にいくなり、火おこし体験だったり。たしかに印象に残ったシーンなどはあるかもしれないけれどそれによって学んだことはなにかと言われたら答えられる人は少ないのではないだろうか。

行事だったからやったのであり、感想を書けと言われたから書いたのである。

なるほどこんな感じかぐらいには思っても与えられたから受け入れたまでで経験としてのちに役立ったかというと正直な感想はどうだろう。なったとしても思い出話の一環という人がほとんどではないだろうか。もちろん、楽しい思い出作りとしてあるならいいけれど、教育という観点だとどうだろうか。

そういう記憶としてやった思い出のことを「体験」というのだと思う。

じゃあなにが経験かというと自分から進んでやること、自分から物事を学ぼう、得ようという主体的な意志や姿勢から得られるものだと思う。つまりその事柄を経験にするのもただの事実として体験として記憶に留めるのも自分だというわけだ。

教育としての経験

学校でも家庭でも経験としての学ばせようとする場面は多々あると思う。習い事、校外学習、休日に外に連れ出すことだってそうだ。

幼いうちはなんでもやってみることは大切だがある程度の判断がつく年齢になったら自分の意志を尊重することが大事だ。

日常でも、親が天気予報をみて傘を持たせるようなことをいつまでもしていると子供は自分で選択し、学ぶという大切な経験ができない。

なにも持たないで外出すると雨が降ったとき困る。じゃあどうするか。という一見簡単なことでも子供に判断させることが大事だ。

予報を見る、レインコートを持つ、折りたたみ傘を持つ。

子供は自分で選んだことの結果を得るだろう、それが大切だ。

過保護な親だと子供が困るであろうことは先回りして回避させてしまう。例えば子供に選ぶ権利を与えずいつも母親が天気を見て傘を持たせてしまうこと。

もしくは子供が傘を持たない判断をして出かけても、雨が降ったら迎えにいってしまうことで学ぶ権利を奪ってしまうことだ。

こう言ってしまうと大袈裟なようにも聞こえるかもしれない。

うっかり傘を忘れてしまいそうな時だったり、毎回でないならサポートの範囲なら親の役目としてあってもいいだろう。

でも、アレコレと心配症すぎて毎回となってしまうと話は違う。

 

「だってこれをやってあげないと子供が困ってしまう」

 

なにかとそう思うひとは要注意だ。

 

しかしその結果、選ぶ権利が与えられなかった子供は自分で決めることができなくなってしまい、学ぶ権利を得られなかった子供は起きた結果を引き受ける耐性が極端に低くなってしまう。

選んだのが自分でないならその結果を引き受けるのが嫌だと周囲を責めるという悪循環がおこる。

自分で選んだとしてもその結果を経験させないなら、学ぶことはできない。

 

つまり子供を困らせたくないという親心も行き過ぎると、社会にでたときに一番困るのは子供という皮肉な結果になってしまうのだ。

自分で決めることの大切さ。

しかし自分で決めるとどうだろう。

自分で決めたことは自分の責任だ。こうしよう、と思って選んだのならその結果は自分の判断の結果としてインプットされる。

もし、自分が最初にこうだろうと想定して選んだものと違う結果がでたなら、どうしてかということをまず考えるだろう。

そして違う結果が欲しいなら次回からは方法を変えるし、良い結果なら自信にも繋がる。

そういったことの積み重ねが自分の人生を切り開く力になっていく。

学びとる力

そういった意味で冒頭で言った、一見いろんな経験をしていそうな人でも、それはただ与えられたことを淡々とこなしていたり、外部から言われるがまま流されるままに自分を動かしていたならば得るものも少ないだろう。

逆に一見活動的ではない人でも、日常の小さい経験からでも自分で選び、行動し、考え、学ぶということを繰り返していたら得るものも大きいだろう。

つまりは、ただただ受け身の行動は体験であり、経験ではないのだろう。

これをやる、という自分を主体とした創造活動から学び、進んでいく。そういった経験を積み重ね、自分というものをつくっていくことが人生を生きる力になるのだろう。

 

教育で大切なのは「自発的」であることと、そこから受け取る「結果」をちゃんと引き受けさせ本人にその力があるということを伝える、後押しやサポートをすることだと思うのだ。

 

投稿者: わん吉

楽しさと遊び心を大切に。

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