わたなべぽんさんの「自分を好きになりたい。」を読んだ感想

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今日は発売されたばかりの新刊、わたなべぽんさんの「自分を好きになりたい。」というコミックエッセイを読みました。

主人公のポンちゃんが自己肯定感をあげるためにやってみたことを、ひとつひとつエピソードと共に書いてあるのですが、これが本当に共感ばかりで少しずつステップを踏んでいく姿に励まされるような気持ちになりました。

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わたなべぽんさんについて

わたなべぽんさんの作品は以前、「やめてみた。」と、「もっとやめてみた。」を読みました。それは断捨離系の本だったのですが、とても読みやすいうえひとつひとつ丁寧に実践し、その気持ちを綴っていて断捨離に興味がなかった私も物のそもそも選び方や自分らしい断捨離について考えさせられました。

それだけ見たせいか片づけや日常について丁寧に書く人、というイメージだったのですが今回書店で「自分を好きになりたい。」というタイトルを見てこんなことも書くんだ。と、少し驚きながらもこういったテーマの本には興味があったので手にとりました。

コミックエッセイというイラストで描かれているという点が、とても読みやすくて伝わるものがありました。

本の内容

本の内容は簡単に言うと、自分を好きになれないポンちゃんが幼いときの母親との関係や記憶からそう思うに至った経緯やどうして欲しかったのか、どう声をかけて欲しかったのかを問いなおします。

そして心から聞こえる小さな自分とともに望んでいたことを今現在の大人の自分とやり直していく。

そんな内容。

ときどき出てくる自分が嫌いあるあるネタと共に、小さい頃好きだったけど母親に禁じられた金色の腕時計をつけてみる。や、

小学校の頃、出来なかったことで出来ない自分というコンプレックスが未だに湧いてくる逆上がりを克服してみる。そのとき掛けて欲しかった言葉をいま、自分に向けて言ってみる。

など、ひとつひとつのエピソードを実際行動して成功体験のやり直しをしている姿にグッとくるものがありました。

今更そんなこと、、と思ってもそんなこともしなかったらその時のままなんですよね。

小さなことでも今の自分に出来ることをやっていく。この実際に動くということは実はやっている人の方が圧倒的に少ないように思います。(私も然り。。)

そして時々はさまれる「自分嫌いあるある」がよくわかって、あるあると呟いてしまいます笑

例えば…

  • 損な役を自ら進んで引き受けてしまう

これとか。なんでか人が損な役をやっていると申し訳ないし、自分が得をしている状態にも凄く申し訳ない気分になるんですよね。だからそうなる前に、先回ってそれを引き受けてしまう。その方がなんか安心できるんですよね。

これは奢られると嬉しいよりも先に罪悪感のような申し訳なさがくるときの気持ちと似ているかも。

誕生日プレゼントとかでも高価なものを貰ったり気持ちが込められたものを貰うと「私にはそんなものをもらう価値はない」とか「こんなに貰っても私にはそれを返せない」みたいな気持ちになってしまうんです。

これは完璧に自己肯定感から来ているんだなと読んでいて思いました。

「幸せになったり得をしたりする価値が自分にはない」と思ってるんですね。

  • すぐ謝ってしまう

未だに結構あります。これはなんでもない場面とか本来は「ありがとう」という場面で自然に「すみません」や「ごめんね」という言葉がでてしまうんです。

以前めちゃめちゃ自己肯定感の高い(当時好きだった)男の子がいて、家族仲も良くて本当に優しい人だったんですがその人によく

「謝ることじゃないよ」とか「そこはありがとう、じゃない?」とよく言われてました。

自分では当時よく分かっていなくて、その言葉すら自分の言動でなにか気に障っているのかなと思っていました。

でもそうじゃなく根底に常に「自分の存在は迷惑をかけている」「自分はなにも出来ない人間」というような思いを持っているのだと思います。

 

共感できるあるあるがたくさんあったんですが、全部あげるのはキリがないのでここらへんで。

親との関係

主人公のポンちゃんは自己肯定感の低さの原因が主に母親との関係にありました。

このお母さんとのエピソードもちょっと驚くものがあって雪の日に裸で外に出されるとか、幼い時の行事のイベントで母親と手を繋ぐことが恐くて出来なかったことなど想像するだけでグッと胸が重くなるものがありました。

そのせいかポンちゃんは大人になってからも、道やスーパーであるなんでもないお母さんが子供を叱る場面でも動悸や涙が出そうになる瞬間があるのだとか。

私の相方さんも父親の暴力などが原因で児童相談所に引き取られた過去があるのですが、幼い頃父親がキレてばかりで暴力や否定が多かったためか出会った頃は街で怒っている男の人どころか歩いてる人にも凄い警戒していたのが印象的でした。(2年ほど経って徐々に街中を歩くことは平気になりました)

相方さんはクレーマーだった父親によく「相手の家に向かって大声で叫べ!クレームを言え!」や、「あいつが言う事きかないようだったらこれで殴れ!」など想像できないようなことを子供にさせたようでした。

ただでさえ感受性の強い時期に胸が裂かれるようなことを言われる。させられる。この苦痛や状況は多分、体験した人にしかわからないことだと思いますし、「話せばわかってくれる」家庭に育った人には理解できないのかもしれません。

ポンちゃんもふと軽く言われた友人の言葉に深く傷ついたことが描かれています。

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旦那さんの言葉が響く。。

自分も多分、そんな風に何気ない言葉で人を傷つけてしまっている場面ってあるんだと思います。

お互い様なのかもしれないのだけれど、こうした方がいいんじゃない?などのアドバイスはよほど深く寄り添った関係でない限り、安易にしてはいけないのだと感じました。

自分の望みを叶える

自分の悲しかった過去と向き合いながら、そのときの感情を感じきりつつどうして欲しかったかを考え実行する。

これはある意味、自分の悲しかった記憶を今から「成功体験に変える」ことと似ていて「自分には自分の望みを叶える力がある」ということを実感できることなのだと思います。

「自分はなにも出来ない」と無力感を持ったままだと何も力のない不幸な自分のままでいてしまうけれど「自分は望む方向へ動く力がある」というのは自らを幸せの方向へ導くことが出来るということです。

ポンちゃんは地道に幼い自分の望んでいたことを叶えたり、やり直したりすることで徐々に自信と自己肯定感をつけていきます。

自分という存在を肯定できることで話しかけれなかった近所の人に声をかけることが出来るようになったり、縁あって誘われたライブにも自分なんかが歌ったらガッカリされる、と思っていたことも自分が自分自身に言ってることだと気づき乗り越えていく。

私自身もそうだったんですが、この根本の自分自身への見方や重い記憶を引きずったままで変わろうと努力してもなにをしても周囲の足を引っ張ってるような気がして恐怖心だけが大きくなってしまいます。

まずは自分と向き合うことの大切さ、それをこの本は教えてくれたように思いました。

わたなべぽんさん、ありがとうございました。


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投稿者: わん吉

楽しさと遊び心を大切に。

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