心を揺さぶる文章には過程が大事!某名作マンガから教わる文章術

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私はブログで文章の書き方で、どうやれば読んでくれた人に伝わるかなぁ、とか自分のこの考えに共感してくれる人っているかなぁとかいろいろ考えてしまうことがよくあります。

でも先日あった出来事で伝わる文章において大切な書き方というのを弟から借りた漫画から学んだ気がしたのです。その話。

それは先日弟から「スラムダンク読んだことある?」と聞かれてチラッと立ち読みしたくらいでちゃんと読んでないということを伝えたことから始まりました。

「え!?マジで??めっちゃ面白いから読んだ方がいいよ!貸すから!」

と、とても熱く押されました。おお、と思いながらスラムダンクといったらスポーツ漫画の大御所であり、前からじっくり読んでみたいと思っていたので楽しみに待っていたのです。

しかし数日後、弟が持ってきたのは5~6冊の本。スラムダンクといったら全31巻。

「お?1巻からかな?」

と、思ったらあれ?でも31巻ある?あれ?と思ってると弟からまさかの一言。

「ラストの山王戦がホントいいからここだけでも読んでみて!!」

 

「…!!!」

 

内心動揺しながらも「お…おう。。」と言い受け取る私。

 

さっそく読む。

 

うん。

 

読めるよ。

うん。

 

面白い。

 

うん。

うん。

 

でもね。

 

 

でもなんか違うッッ!!!

 

いやいやいや!やっぱりなんかホラ!!過程っていうものがないとさ、なんかホラ!なんてゆーかホラ!ホラ!!!

有名だから自分は大体のあらすじは知ってたから少しはわかったけどさ!

全然知らない人が見たらこの桜木と流川のハイタッチの意味とかわからなくない??

なんでこの二人こんな見開き使ってハイタッチしてるの?いままで手の高さ合わなかったの??とか思わない??

 

いかん!これはラストだけ読んじゃあかん!ってことで途中でやめましたよ!

もったいないことするとこだった!

あぶなかった!最初から自分でちゃんと読みましたよ!

もう最高だったよ!

 

ってでもね。なんか後で考えるとラストだけだとしても一試合まるまる読めてるんだから話はわかるんですよ。

でも一巻だけ読むのとラストだけ読むってぜんっぜん違うじゃないですか。

主人公への気持ちとか。

辿ってきた過程とかを知るのと知らないの。

この結果に対する見方が全然違うじゃないですか。

 

そのときふと、これって文章を作るときにも大いに言えることだなと後に思ったわけです。

ということで思ったことまとめます。

結論だけ言って満足してないか。

ないようでよくあると思うこういう文章。

自分の中ではいろんなやりとりや経験、考えた過程があって出た結論なんだけどその結果や考えだけを強く主張しすぎて読んでる人はいまいちわかるようなわからないような。

そんな文章。

特にツイッターなんかは文短くしか書けないせいもあってときどきもう本人にしかわからない自己満足の文章になっちゃってたり。

もう受け手側からしたら「意味わからないのに気になるような文章で消化不良だよ!やめて!」みたいな。

これとかさ!

意味わからないよ!落としたら拾われる可能性ってそりゃそうだけどどういうことなの?意味がいろいろ取れてなんだか解釈できるようなでも合ってるかわかんないしでなんかストレス!

ていうかお前誰だよ!

私だよ!!泣

 

だんだんこのキャラ自分でウザいなと思ってきたので落ち着きます←

上記の私の場合だとほんと自分ではわかっててもパッと目に入ってきた読者の人にはなんのことかわかりません。

  • 落とした財布が拾われて恥ずかしいもの入ってたとか?
  • 自分がなんの気なしにやったことが取り上げられてどうしようってなってるとか?

受け取り方が幾通りもあってちゃんと伝わらないんですね。

これがちゃんとした文章であっても「人生とは。。」みたいに概念よりだったり、どうしてそう思ったかっていう過程が書かれてないと意味は理解できたとしても共感できないんです。これは読者にとっても残念。

「そっか。ふーん。」

って感じ。

上記つぶやきも自分ではその時なんとなく伝わるだろうと思って書いてたから凄い。後で見返すと完全自己満足。

過程を大事にする。

 

しかし上記の例でこういう書き方だったらどうでしょう。

 

コツコツ想いを発信していたら、共感してくれる人が見つかって一緒にイベントすることになった。

落としていったら拾われる可能性はあるわけで。

小さいことのように感じても自分の想いを伝えることは大切だ。

 

前より伝わる!反省しろ私!!

ほんのちょっと足しただけでも全然違いますよね。

同じような経験がある人なら「あるある!」って思ってくれます。

でもほんと。結論について「自分はこう思う!」っていうのを熱く語っていてもやっぱりその結果に至るまでの過程というものがないと一方的に意見を言われたような気分になってしまいます。なんか言い切ってるけどなんのことかわからない。みたいな。

その結論に付随する理由(過程)。

これがちゃんと書かれて伝わっているかで読者の想いって全然変わる。

スラムダンクの人気の理由

そういう点で見るとスラムダンクって本当に名作である所以がわかります。スラムダンク (1) (ジャンプ・コミックス)

 

感動の嵐!!!

だって登場人物の一人一人の過程に胸が打たれるからです。共感というか共鳴というか。同じ経験がある人はモチロン、同じ経験をしたことがない人もその過程がしっかり描かれていることで過程を追体験できるんです。

 

三井くんの荒れた時代からのバスケット復活。

地味キャラ小暮くんのスリーポイント。

ゴリの部長としての一生懸命さ。

 

最後の流川と桜木のハイタッチだって二人の関係性とバスケに対する努力や想いを知っているからこそ震えるほど感動するんです。

その登場人物の過程を漫画を読む中で追体験し、それによって結果の受け取り方がまったく違ってくるんですね。

 

みんな応援したい。

と、結論があるならそこに至る過程って必ずあります。でもブログなどの文章において過程っていうのは自分の体験とか失敗談、言いたくない過去とかからきてると書きたくなかったりしますよね。

でも、自分がした経験っていうのはそうそう誰もがしてる経験じゃないし、失敗とか傷ついた過去って誰もが経験したことある感情だからその気持ちがわかるって人の方が多いんです。

私も自分の弱い部分を勇気だして発信している人を見ると共感しつつも自分にはできない!凄い!って応援したくなります。

自分と同じような過程をしたことがある人が頑張ってるって知ったらどう思いますか?

同じような体験したとかじゃなくてもその過程が追体験してるように伝わったらどうでしょう?

応援したくなりますよね!

まとめ 人は感情を共有したい生き物

スラムダンクを読み終わったあとってみんなどんな感情になるでしょうか?

まだ試合の余韻が抜け切れてなかったり、ああ、もう終わっちゃうんだとなんだか悲しい気持ちだったりいろいろだと思いますがやっぱり

「読めて(出会えて)良かったなぁ」

というのが一番じゃないでしょうか。弟もこの気持ちを共有したくて私に貸してくれたんだと。

これってライティングで作り手にとっても読み手にとっても共通することだと思うんです。

みんな自分の想いに共感してほしいし共感したい

ストーリー(過程)を通して自分を重ね合わせて一体感を得ることで繋がりを感じるし心が動くんだと思うんです。

そこを出せるか、上手く伝えられるかっていうところが動く文章かそうでないかの違い。

そんなことを弟から借りたスラムダンクから考えた日でした。

 

おしまいっ!

投稿者: わん吉

楽しさと遊び心を大切に。

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