日記を書くことの意味


こんにちは!わん吉です。

ブログを初めて一ヶ月半。それまでノートに日々の想いを綴っていたのもあるのですがブログは一人よがりなソレとまったく違い文章が上手く書けなかったりアクセス数を気にしてしまったり。

これでは文章が書けなくなる。ということでたまに自由に検索のこととか、人の役に立つ情報をとかを考えずに書こうと思った次第です。

自分にとって今まで文章を綴っていたのはなんでなんだろうということを綴っていきたいと思います。

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私はブログを始めるそれまでずっとノートに自分の想ったことを書いていました。

日記のように今日あったことなどを書くものと違って出来事などは全く書かず、そのとき自分が頭の中で思ったことをただひたすら文字として書き出す。それをひたすら毎日やっていました。

やりはじめはある本から習慣としてそれをやることが自分の好きなことを思い出させるツールとなる、ということが書いてあったことがきっかけでかれこれ4年くらいは実践しているように思います。

最初は頭で考えてることは必ずあるはずなのに文字にすることが出来ず思い悩んで10行くらいしか書けてなかったのに、今では苦もなく2~3ページはびっしり書けます。

むしろ書くと心のどこかが安心するし、以前より自分というものがはっきりわかってきたような感じがするんです。

これは何故かなと考えたとき出てきたことを箇条書きにしたいと思います。

1.考えを掘り下げて整理できる

人は考えては忘れていく生き物だから本人に自覚がなくても同じことを何回も考えてます。

考えたことの7割を1時間後に、9割を24時間後に忘れてしまうという統計もある通り、頭で考えていると浮かんでは消えまた考え、あっちこっちに思考が飛んでしまったりしてなかなかひとつのことを掘り下げて考えるということができません。

それを紙に書き出すと文字として残るので思考がとんでしまってもそれに気付いたり、時間をおいて見返すことで冷静に自分のことをみつめ、その考えを掘り下げることができます。

ああ、最近このことばかり考えているな、とか同じことばかり考えているけれどそもそもこうなった理由はなんだろうとかもう一歩深いところまで考えることができる。これは自分にとって大きいことでした。

2.感情を客観的に観れる

感情的になっているときの自分はどちらかというとその感情に支配されているような感覚でそういう感情になった出来事についてとか、相手に対してとかそんなことばかり考えてました。

でも、それについて文章にして書き出すと、自分はいま焦ってる、とか怒ってるとかなにについてそう思って自分は今どういう気持ちなのかということを客観的に観れるようになります。

これが出来るようになると、実際感情的になった場面でもふと「あ、いま自分は悲しくなった」とかふと気付けるようになり、「なにに対してそう思ったんだろう」「どうすることで軽くできるだろうか」と考えることができます。

それまでは悲しくなるとその感情のままに拗ねてしまったりしていたけれど紙に書き出すようになってから自分が感情そのものにならず、感情を外側から観れるようになりました。

感情に支配され振り回されていたのが、感情に気付くことでその外側から感情をコントロールすることが出来るようになったのです。

簡単なことではなかったですが徐々に自分の癖のようなものがわかり、感情的な場面で落ち着いて対処し、自分にとっていい結果になることが多くなってきました。

3.書くと手放すことができる

自分の中でひっかかった感情というのはなにかしらのカタチで吐き出さないとグルグルと残ってしまいがちです。

でも大きいことは無理なときもありますがささいなことだと書くという行為で発散でき、その感情を手放すことができます。文章にして残すことで安心して忘れられるのです。

4.自分の中の嫌な感情と向き合える

これが自分のなかでなかなか出来なかったことでした。文章をかきはじめてからも、悲しかったくらいは書けたけれどドロドロした感情というのを抑え込んでしまう。本当はムカつく!とか腹立つ!とか思ってても何故かそういう自分を文章にも出せず押し殺してしまう。

でも、抑え込んでいるということは溜まっているし、抑え込んでいるのにも理由があるはずなんです。

自分の中のドロドロした感情に向き合えてないと他人のそういう感情も許せません。不満や愚痴、怒りを口にする人が私は嫌いでした。

でも、自分の中にもそういう感情があり、それに気付き認めるようになると他人のそれも徐々に許せるようになりました。

要は自分が必死で我慢していることを平気でやってる人が許せなかった。自分がその感情に目を向け、納得する形で解放することで他の人のそれも気にならなくなったのです。

書くことで得た一番大事なこと

上記が自分が書くことで得た効用です。

でもそのなかでも一番自分にとって大きかったものは

 

自分の心をストレートに感じることが出来るようになったこと

 

文章を書いてなかった頃は「自分は本当はどう感じてるか」ということが実は気付けていなかった。

世間一般ではこういう仕事が理想で家庭を持つことがいいとされてるからそれを目指していたり、笑顔で優しい人がいいとされるから無意識にそれを演じていた。

友達は多い方がいい。もっと交流しなきゃ。資格はとっておいた方がいい。なんでもいいからとらなきゃ。

自分がやっていることのほとんどが「~するべきだ」からきていたことに気付きました。

本当の本当はなにがしたいのか。と、考えたとき自分の本音がわかり、それに向かって進めたり、本音で人と交流することができてきた。

本当に思ってることを言葉にすることは気持ちがいい。

本音に気付いてからもその通り進もうとするのもまた勇気がいることでした。けれど、その感情とも向き合い、受け容れて今はとても楽に生きれています。

自分の人生は当たり前だけれど、自分しか幸せにできないし、変えることはできない。

そんな当たり前のことに気付き、自分らしく生きれない人生は意味がないと心から思えました。

そう気づかせてくれたのは文章で、私はこれからも悩む度に自分と向き合うため文章を書き続けていくんだなと思います。

 

投稿者: わん吉

楽しさと遊び心を大切に。

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