文章を好きでいるために

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自分自身はまだ自分自身のことを絶賛模索中なわけだけれど、こういうブログを書くにあたってぶち当たるのはなんかこう文章をキレイに書こうとしたり、人からの見られ方を気にしたり、整った構成はなんだとかを気にしすぎてしまってだんだん文章を書くことが億劫になることだ。

好きに書けば文章を書くことが苦痛になるなんてことはありえない。

自分は文章を書くことが好きでいたいから今日は自由に好きなように文章を書いてみようと思う。

手が止まるとき。

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こういう自分のブログをはじめるにあたって自分を含めよく聞く話は

「自分のキャラが定まらない」

「話し口調が敬語になったりくずしちゃったり」

つまり統一感が欠けてしまったりしてこれでいいのか迷ってしまったり、行き詰るみたいな状態だ。

でもそんなことを気にして本来の自分を抑えて整えようとしたり、綺麗に見せようと書いたりすると途端に文章もつまらなくなるし、自分を隠して書く文章なんてものは楽しくなくて当たり前だ。

ならいっそ、そんな自分もそのまま文章にしちゃう方が気が楽になるし、すごくスッキリする。

だってそんな風に悩んでいる人は自分がそうなら自分以外にだっているはずだ。

同じ悩みをもってる人がいるってことがわかると頑張ろうって思える人もいるんだからそういう想いは吐き出した方が、自分にも誰かのためにもなるのかもしれない。そんな風におもう。

自分のキャラってひとつなの?

そもそも自分のキャラクターって一定にしなきゃいけないなんてことは全然ないと思う。

なんとなく見られたい自分のイメージていうのがそういう想いを強くしているんだろうけど、文章を書くにしても実生活にしてもそういう想いって自分自身をすごく苦しめると思う。

自分は真面目なときもあれば

子供みたいにふざけたくなるときもあるし

溢れてくるようなあたたかい気持ちになるときもあれば、この世は全員敵だ!くらいに心が荒れてるときだってある。

そういうのは全部ぶちまけろ!ってわけじゃないけど、そういうときは言葉を選びながらも自分の今の気持ちに正直に自由に伝えるほうが気分がいい。

だって演じてる自分を好きだって言われてもそんなの自分じゃないからなんだか受け入れられない。

ほんとの本音を言って共感してくれた方が、共感してくれなくたって理解してくれた方がすごく、すごく嬉しいと思う。

自分をこういう性格だって決めつけない。

 

自分は~な性格だって決めつけてしまうときがある。

でもよく考えたらそれはそういう傾向はたしかにあるかもしれないけど、そう思い込むことで強くそっちにひっぱられてしまうなって感じる。

直したい性格ならこういう性格だなんて思わないほうがいい。

生まれ持った性格というか性質はあると多少はあると思うけど大なり小なり、同じ人間だから一人の人間の持つ感情は無限にある。

今は感じていない感情だってこれから感じるかもしれない。

自分はこういう人間だとかこういう風に思う人の気持ちがわからないっていうんじゃなくて、自分のいろんな感情をもっとつぶさに感じて受け止めること、わからないって放り出さないで、理解しようとする努力をすること。

思い込みと、違いを受け入れない心から壁っていうのはできる。

自由でいると周りが気にならない

縛られているときって楽しめない。

つまり周りの目が気になっていて自分が身動きとれないときだ。

文章をかくときの書くのがつまらなくなるっていうのはそういうときじゃないだろうか。

でもそんなの関係ないって自分を出していくと楽しくなってくる。

自分が自分のままでいられるって我慢がないから、人に対しても寛容でいられるんだ。

実生活でもそうだけど、制限があるって思ってるのは本当は自分自身が作り出しているだけで、自分自身が自分を守ろうと偽ろうとしているだけで、本当はいつだって自由になれるんだ。今からだって。

自由は本音から

でもなにからやっていいかわからない。

そういうときはまず、すこしずつでもいいから等身大の自分を表現してみる。

  • こういうこと言うと相手は気を悪くするかもしれないから言えない。
  • 自分がここで発言したら空気が変わりそうでこわい。
  • ほんとは寂しいけど、相手はそう思ってないなら自分から言うなんて嫌だ。
  • 本音を言ったところで理解なんてしてもらえない。

こういうのも本当に思い込みだと思う。

自分が相手の感情を決めつけちゃってる。

本当はどう思うかなんてわからない。ただ自分がその返ってくる反応を悪いものだと思い込んでこわがってるだけだ。

伝える目的は理解してもらうこと

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でも、やっぱり傷つく返答(反応)だったり、勇気だして伝えてみたのにわかってもらえなかったってことはあるもので。

でもその一回こっきりでああ、やっぱりダメだったってひっこんじゃうのはもったいない。

だって伝える目的は理解するためだ。

そもそも一回でわかってって思う方が傲慢で、本当にわかってほしいなら自分も一生懸命、伝える努力をしなくちゃダメだ。

伝えてないのにわかってもらえるはずはないんだから。

自分て性格は曖昧で矛盾だってある。

そんなとこも含めて、もっともっと伝えていっちゃおう。

自分を力いっぱい表現したなら、もう後悔はないはず。

 

自由に文章を書くと、やっぱり自分の言葉がでてきて、とても楽しいし、なんだか嬉しいんだ。

 

 

投稿者: わん吉

楽しさと遊び心を大切に。

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